えびのから揚げ

えびのから揚げの人生記

ダメな部分、良い部分のそれぞれ焦点を当てて自分の歴史を書いてみた

テレビとかで取り上げられる人たちってみんな輝いて見えますよね。

すごい努力したんだなとか、才能があったんだなとか。

そんな所で自分もスポットライトの当て方を変えたらどんな風に人が変わるんだろうとダメな部分良い部分それぞれにスポットを当てて自己紹介を書いてみました。

ダメな部分に焦点を当てた自分の歴史

幼い頃から喘息もちで体が弱く度々学校を休んでおり、皆勤賞などもらった事はなかった。

中学時代のテストの学年順位は最下位から数えた方が早かった。特に英語が出来ず、穴埋め問題は分からなければとりあえずhaveかmakeを書いておけば良いというレベル。

読めない単語の上にカタカナでルビをふっていた。

高校時代も度々通知表に2がついた。英語と数学と公民が苦手でテストの平均点は30点。それもそのはず、テスト勉強は赤字で答えを書き写すだけという写経状態だったのだ。

大学3年の時に始めた飲食店でのバイトでは人間関係に苦しみ2か月で辞める。

就職活動でも自分のやりたいことが分からず苦戦。何とか入った会社もストレスで苦しみ、体力ももたずに3年で退社。

その後勢いで中国留学に行くが、思うように中国語が話せずストレスで胃炎になる。

留学から帰国しても結局中国語を使う仕事に就く勇気がなく、自分のやりたいことも未確定のまま就職活動を行い、奇跡的に内定を得た。

良い部分に焦点を当てた自分の歴史

小学校は3年までの通知表は全項目常に最高評価と優等生だった。4年から勉強に苦戦したが代りに友達がたくさんでき、友情とは何かを学んだ。

中学校では理科、社会、美術の成績は常に良く自分の興味のある分野に打ち込むスタイルはこの時に確立された。

高校でも自分の好きな分野については常にトップを走り、世界史の中国史、漢文のテストは常にクラス1位だった。

興味の対象から選んだ中国学科系の大学で学んだ中国語は勉強して1年でHSK4級、3年で最高レベルの6級を取得。中国と名の付く授業はほぼS評価を取得していた。

大学では中国の植林ボランティアに参加したり、部活の部長をやったりと有意義な時間を過ごした。

卒業後は中国の環境問題に携わりたいと環境系の会社へ就職。未経験分野だったが必死に勉強し資格も多数取得する。

しかし過酷な労働環境により体調を崩して退職。

その後かつてからの憧れであった中国へ単身留学。たくさんの国の人と友達になり日本人以外の生き方や世界観を学ぶ。

帰国後再び就職活動を行いもう一度環境分野でチャレンジしようと考え、無事環境関連の会社から内定をもらう。

 

どうでしょう?

ダメな部分だけ見ると英語が全然できなくてストレスに弱い無計画野郎に思えますが、良い部分だけ見ると得意分野ならどこまでも努力する中国大好きで夢を持った人物に見えますね!

けどどっちも同じ人物なんです(笑)

人の切り取り方でこんなにも変わるんですね…。

自分はダメだダメだ!って思っている人はダメな部分ばかり見てしまっているのかもしれないですね。

けど、きっと良い部分をちゃんと見てくれている人もいますよ。