エビのから揚げ

から揚げにされたえびの雑記ブログ

日本はサービスが過剰すぎないか?

 日本ってサービス過剰過ぎて、みんなの心を病んでんじゃないの?

と、思うことがよくある。

 

留学に行った時も友達の間で日本人の働き方は話題になっていた。

彼ら、彼女らは

「日本は良い国だよね。けど私日本では働きたくない。みんな無理してて辛そうだもん。」

と、言うのである。

 

ショックだった。

 

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上げ膳据え膳

仕事でお客さんに書類に押印してもらいに行った時のこと。

 

「あのさ~なんでうちがわざわざ社名とか代表者名書かないといけないわけ?もうハンコ押せばOKな状態にして持ってきてくんない?」

 

( ゚Д゚)ハァ?

 

一応「すみません。次からはそうします。」と言った。

しかし釈然としない。

 

なぜそこまでしてやらねばならんのか?

 

相手がお客様だからだろうか?

しかしこれで私が代表者の名前を書き間違ったらきっと激怒してくるのである。

なぜそこまでお膳立てして、上げ膳据え膳してやらないといけないのか?

自分の社名も書けないほど御社は忙しいのですか?

そう言いたい。

 

≪一秒でも待たせたら「お待たせしました」だ!≫

これは私がバイトの時に言われた言葉である。

 

( ゚Д゚)ハァ?

 

と、思った。

なんとお客様というのは一秒も待てない生き物なのか。

驚きである。

日本の”お客様”はみんな皇帝か何かなのだろうか。

 

なぜサービスが過剰になったのか

文句ばかり言っていてもしょうがない。

ここはひとつなぜサービスが過剰になり、お客様がそんなに偉くなったのかを考えてみる事とする。

 

なぜ企業や店はサービスを充実させたのか?

それはその方がお客様が喜んだからだろう。そして喜んだお客様が口コミで宣伝してくれたり、リピーターになってくれれば店の売り上げは安泰だ。

 

確かに気配りがよく出来ている店に行くと気持ちがいいし、態度の悪い店員がいると腹がたって二度と行かないと思うこともある。

 

しかし、問題は低賃金の店も、役所も、コンビニもただの会社も高級ホテル並みのサービスをするようになった事ではないかと私は考える。

つまり、以前はお金持ちやある一定の地位の人のみ受けることができたサービスを、誰に対してもやらないといけなくなってしまった。と言うことである。

 

さらに経営者にとって嬉しいことにサービスは投資の必要なく向上出来る!

正確に言うと人の行動や意識、時間を使うだけで向上することができる!

(もちろん物を使ったサービスもあるが、ここでは対応や気配り等をサービスとする)

 

お客様が脱ぎ散らかした靴をそろえておいたり、

道が分からず不安げにしているお客様に自発的に声をかけてあげたり、

上から目線で話しかけると失礼なのでかがんで話したり…

 

全部誰でも教えればできるので、経営者は何の元手もいらない。

だからサービスの質をどんどん向上させたのだろう。

 

真面目すぎるゆえにパンク

そしてどうなったか。

日本は「おもてなし」の国になった。

100円の商品しか買っていないのにも関わらず店員さんは笑顔で対応してくれる。

レストランで鉄板焼きを頼めば「熱いのでお気を付けください」と忠告までしてくれる。

スーパーで大量に物を買ったら「重いのでカゴを台までお持ちします」と言って持って行ってくれる。

 

素晴らしい心遣いだ。

確かに素晴らしい。

素晴らしいけど、何か窮屈だ。

見張られている。

 

素晴らしい心遣いが出来なければいけない

と、見張られている気がする。

 

そう。本来は有難くて嬉しいはずの心遣いが当たり前になってしまったのだ。

さらに今ではやってないと不満につながるという最悪な結果になったのである。

 

一生日本人は皇帝に対するようなサービスを万人に提供し続けなければならない事になるのだろうか。

(偉い人とか本当の金持は提供しないけど)

 

呪縛からの解放

一番やっかいなのはこの「おもてなし」や「サービス」が悪いものでは無いという所である。

他の人が喜ぶ姿見るのがを「自分の喜び」と言う人は多いだろう。

「おもてなし」や「サービス」がやりがいと言う人もいるだろう。

 

現にこのブログを書いている自分が結構「これもやった方が良いかな」と過剰サービスをしやすいタイプなのである。

そしてサービスや良い気配りができなかったら「なんて自分は気が利かないんだ…」と落ち込んでしまう。

 

対等な気配りが大事

自分の中では何となくサービスは

秀吉が信長の為に草履を温めておいたというエピソードのように

「下の者が上の者に提供するもの」

というイメージがある。

 

と、いうことはサービスを提供し続けていると一生下っ端のままなのだろうか?

じゃあ明日からふんぞりかえって偉そうにすれば良いのか?

と、思うとそれも違う気がする。

 

気配り、サービスは「やりすぎない。求めすぎない。」というバランスが一番大事だと思う。

やりすぎるとただただ自分の価値を下げて相手に合わせた世界で常に評価を気にしながらビクビクして生きないといけなくなってしまう。

求めすぎると、「あいつはダメだ」とか「この店は全然サービスがなってない」とか常に評論家気取りになってイライラし、人としての徳も下がるだろう。

 

何かの本で見たが自分の感情をを抑圧してサービスを提供し続ける事はものすごく精神的負担になるという。

まずは自分の感情に気を配ってから他の人にも与えるというのが良いのではないか。

 

そんな風に思った。