えびおばさんの庭

姪っ子大好きえびおばさんが色々考えたことを書いてるブログ

小学校2年のスイミーから「出る杭は打たれる」と学んでしまった

スイミーという話をご存じだろうか。

光村図書出版が発行する小学校2年生用の国語教科書に1977年から載録されている。』とWikipediaに書いてあることから小学校の時に読んだ事がある方もいるのではないだろうか。

話しのあらすじはこんな感じだ。

 

スイミーは小さな魚。仲間たちがみんな赤い魚だったのに、スイミーだけは真っ黒な小魚だった。しかし、泳ぎは仲間の誰よりも速かった。大きな海で暮らしていたスイミーと仲間たちだったが、大きなマグロに仲間を食べられてしまい、泳ぎが得意だったスイミーだけがなんとか助かる。

仲間を失ったスイミーはさまざまな海の生き物たちに出会いながら放浪するうちに、岩の陰に隠れて大きな魚に怯えながら暮らす仲間そっくりの赤い魚たちを見つける。スイミーは一緒に泳ごうと誘うのだが、大きな魚が怖いからと小魚たちは出てこない。

そこでスイミーは、大きな魚に食べられることなく自由に海を泳げるように、みんなで集まって大きな魚のふりをして泳ぐことを提案する。そしてスイミーは自分だけが黒い魚なので、自分が目になることを決意するのだった。かくして小魚たちは大きな魚を追い払い、岩陰に隠れることなく海をすいすい泳げるようになったのであった。

(Wikipediaより)

これを読んだ人は「どこが出る杭は打たれる」なんだ?むしろ逆じゃないか。

と思ったかもしれない。

しかし、それはスイミーの立場からすると。だ。

小学校二年の時、年に1度行われる学芸会の演劇でスイミーをやる事になった。

スイミーの役はもちろんクラスで人気な奴がとっていった。

残る生徒はたいてい引き立て役の赤い魚の役だ。

悪く言えば烏合の衆だ。

しかし私は劇で使う魚のお面を書いている時に「この魚の鱗を一つずつ違う色で塗ったらカラフルになってとても綺麗になるに違いない!」と思い、張り切ってお面を作って先生の所に持って行った。

もちろん、結果は想像の通り。

私は泣く泣くカラフルに塗ったお面を全部赤色に塗りつぶし、烏合の衆の役をまっとうする羽目になった。

 

その悔しさを今でも非常によく覚えている。

「なんで!?」と言っても

「スイミーはそういう劇だから。」

で、ある。

悔しかった。

 

今社会人になっても意味不明なルールは世の中に蔓延っている。

学校の意味不明ルールも誰が何の根拠をもとに決めたかも分からない。

就活のスーツは黒。

中のシャツは控えめな色。

ネイルは自然な色まで。

今でも「何で?」と思う。

けど、だんだん「何で?」と反発するのも疲れてくる。

そうして従順という名のつまらない奴になっていく。

 

日本では目立ったらダメなんだ。

自分のやりたいようにやっちゃダメなんだ。

今思うとそんな教育が小学校2年から行われていた事に驚きを隠せない。

 

先生や親、世間の常識がひいたレールにおとなしく従っていくのが良い子。

そんな教育をしたせいで、誰もが自分で考えれず決められず、自分とは一体何なのか?何が好きなのかも分からなくなって良い歳になってまで「自分探し」をしている。

そんな日本が楽しいわけがない。