しょぼえびブログ

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命が尽きるなら尽きてしまうまでだと思い、あれこれ考えるのはよしたまえ。陶淵明  形影神

凄いタイトルですが、また気まぐれに陶淵明の詩を訳してみました(*'ω'*)

 

陶淵明  形影神

貴賤賢愚、莫不营营以惜生、斯甚惑焉。
故極陈形影之苦、言神辨自然以釋之。
好事君子、共取其心焉。

貴賤賢愚を問わず、人間はみな生を惜しみ、あくせくしない者はいない。
しかし私にとってこれはなんとも解せぬものである。
そこで私は形あるものと影とを対比させ、最後に神に自然の道理を説かせてみる事にした。
物好きの方は、その心をくみ取ってほしい。

 

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「形から影へ」
天地は永遠に滅ぶことはないと考えられるし、山や川は姿を変えることはあってもやはり山であり、川である。
草や木も、霜や露が降るごとに栄えたりしぼんだりはするものの、やはり不変である。
ところが人間だけは万物の霊長だと言い張っているものの、この世に生まれたと思ったら、たちまちあの世に去って二度と戻ってくることがない。


その人が死んでしまったらどうやって、その人がそこにいたという事を証明する事が出来るだろう?
友人や親戚でさえも思いを募らせる事しかできない。
ただ生前の品は確かに残っており、それを見て涙を流すしかない。
仙人にでもならない限り、死は必ず訪れる。
願わくば私の言いたいことを理解してほしい。
酒が手に入ったから一緒に飲んですべてを忘れてしまおう。決して辞退なんてしてくれるなよ?

 

「影から形へ」
生きながらえる以前にこちらは生き続ける事に四苦八苦しているよ。
何とかして崋山や崑崙山などの仙界に遊びにいきたいけど一体どこにあるのやら。
君に出会ってから悲しみも喜びも一緒に経験したよね。
日陰に入っている時はしばらく離れているように感じられるけど、太陽の下では決して離れることはない事を痛感させられる。


けどこの関係もずっと続けるのは難しくて、時がくれば共々滅びゆくしかない…君が消えれば影も消えるから。
そう思うと色々考えてしまう。
けど善い事をすれば後世の人がその功績を思い出してくれるようになると言うじゃないか。
その為になんで全力を尽くさないでいられるんだい?
酒は憂いを消すと言うけれど、努力と比べたら酒に逃げるのはかなり劣っているよ。

 

「神の解釈」
万物の法則は人の力の及ぶところではない。
人間が、天・地・人の中にいるのは、私あって故である。
君と私は異物であれど、生まれながらにして寄り添ってきた仲でもある。
良きも悪しきも共にしてきたのだから私にも少し語らせていただこう。

 

伏犠、神農、黄帝の三皇と言えば大聖人だったが、今となってはどこにもいない。
彭祖は長寿ではあったが、どんなに生きたくても結局は死を免れなかった。
老いていようと若かろうと同じように死ぬのであって、賢くても愚鈍でも生き返る事はない。
毎日酔っていればすべてを忘れられるのかもしれないが、それは寿命を縮めるだけではないか?


善を行うのは喜ばしい事ではあるが、誰が君の為にそれを讃えてくれるだろうか?
色々悩むのは自分の生命を損なうだけだ。
適当に運に任せるのが良い。
人生の大きな変化に身を任せ、喜ばず恐れず。
命が尽きるなら尽きてしまうまでだと思い、あれこれ考えるのはよしたまえ。

 


中々酷い話だった(笑)

陶淵明は当時の人が生死に動揺するさまを一笑に付すために作ったそうですが、救われない(笑)

けど確かにあれこれ考えても自分の力ではどうにもならないことはありますよね~。

 

それにしても陶淵明は前書きを書いているのが面白い。

しかも影を擬人化してるし。

物好きなので意をくみ取ろうと思いましたが、この訳が正しいかは知りません(笑)

岩波文庫の陶淵明全集を参考にしましたが、結構勝手なアレンジをしました。

 

 

形贈影 xíng zèng yǐng

天地長不没 tiān dì zhǎng bú méi
山川無改時 shān chuān wú gǎi shí
草木得常理 cǎo mù dé cháng lǐ
霜露榮悴之 shuāng lù róng cuì zhī
謂人最靈智 wèi rén zuì líng zhì
獨復不如玆 dú fù bú rú xuán
適見在世中 shì jiàn zài shì zhōng
奄去靡歸期 yǎn qù mí guī qī

奚覺無一人 xī jiào wú yī rén
親識豈相思 qīn shí qǐ xiàng sī
但餘平生物 dàn yú píng shēng wù
擧目情悽洏 jǔ mù qíng qì ér
我無騰化術 wǒ wú téng huà shù
必爾不復疑 bì ěr bú fù yí
願君取吾言 yuàn jūn qǔ wú yán
得酒莫苟辭 dé jiǔ mò gǒu cí

 

影答形 yǐng dá xíng

存生不可言 cún shēng bú kě yán
衞生每苦拙 wèi shēng měi kǔ zhuō
誠願游崑華 chéng yuàn yóu kūn huá
邈然玆道絕 miǎo rán xuán dào jué
與子相遇来 yǔ zǐ xiàng yù lái
未嘗異悲悦 wèi cháng yì bēi yuè
憩蔭若暫乖 qì yīn ruò zàn guāi
止日終不别 zhǐ rì zhōng bú bié

此同旣難常 cǐ tóng jì nán cháng
黯爾俱時滅 àn ěr jù shí miè
身没名亦盡 shēn méi míng yì jìn
念之五情熱 niàn zhī wǔ qíng rè
立善有遺愛 lì shàn yǒu yí ài
胡可不自竭 hú kě bú zì jié
酒云能消憂 jiǔ yún néng xiāo yōu
方此詎不劣 fāng cǐ jù bú liè

 

神釋 shén shì

大鈞無私力 dà jūn wú sī lì
萬理自森著 wàn lǐ zì sēn zhù
人爲三才中 rén wèi sān cái zhōng
豈不以我故 qǐ bú yǐ wǒ gù
與君雖異物 yǔ jūn suī yì wù
生而相依附 shēng ér xiàng yī fù
結託善惡同 jié tuō shàn è tóng
安得不相語 ān dé bú xiàng yǔ

三皇大聖人 sān huáng dà shèng rén
今復在何處 jīn fù zài hé chù
彭祖愛永年 péng zǔ ài yǒng nián
欲留不得住 yù liú bú dé zhù
老少同一死 lǎo shǎo tóng yī sǐ
賢愚無復數 xián yú wú fù shù
日醉或能忘 rì zuì huò néng wàng
將非促齡具 jiāng fēi cù líng jù

立善常所欣 lì shàn cháng suǒ xīn
誰當爲汝譽 shuí dāng wèi rǔ yù
甚念傷吾生 shèn niàn shāng wú shēng
正宜委運去 zhèng yí wěi yùn qù
縱浪大化中 zòng làng dà huà zhōng
不喜亦不懼 bú xǐ yì bú jù
應盡便須盡 yīng jìn biàn xū jìn
無復獨多慮 wú fù dú duō lǜ

 

 

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