男女平等が叫ばれていますが、未だに日本を含めアジア全体平等度は低い感じがします。
153か国中、日本121位、中国106位、韓国108位…
低い!(-_-;)
いや、最近は男尊女卑というより女尊男卑だ!
とか色々意見はあるかもしれませんが、今回は中国古典から男女に関する記述を拾ってみました(^^♪
参考にしたのは↓の本です。
①論語より
唯女子与小人、為難養也。近之則不孫、遠之則怨。
女性と小人は、とかく対処のしかたが難しいものである。
近づけて眼をかけてやると、慎みを忘れて不遜になり、逆に知らぬ顔で遠ざけると、怨みに思うものである。
おい孔子~!!( ゚Д゚)
びっくりしました。論語にこんな言葉があるなんて。
モテない男の言い訳みたいだぞ!!( ゚Д゚)
しかし、ネットで検索してみるとこの「女子」はすべての女性を表す訳ではない。という意見が書かれています。
確かに論語では「女」と書いて「汝(なんじ)」と読んでいる文もあるので他の意味にとれなくもないかもしれません。
しかし私としては孔子の愚痴ではないかななんて密かに思ってしまいます(*'ω'*)
②孟子より
男女居室、人之大倫也。
男女が結婚して一緒に暮らすのは、人間として大切な秩序の一つである。
孟子さん…どんな場面でこの言葉を発したのでしょう(*'ω'*)
何を思って言ったんでしょう(*'ω'*)
分かりませんね。
③易経より
女正位乎内、男正位於外。
女性は家の内をあるべき場所とし、男性は家の外をあるべき場所とする。
男女はそれぞれにふさわしい場所で活動すべきである。
( ゚Д゚)
これを見た時はちょっとムカつきましたね。
いやいや、勝手に決めんなよ。と思いました。
これが男は仕事!女は家庭!の元凶ではないかと思っています。
まぁ確かに女性は身体のリズムや更年期、争いごとも苦手とあって男性と同じように働くというのは難しいのではないかとも思います。
けどだからと言って決めつけられるのは嫌ですよね。
なよなよした男がいたって、豪放磊落な女がいたって良いはず。
古典と言うのはその時代の価値観が濃く反映されているだけで、必ずしもそれを守らないといけないというものではないと思います。
④書経より
牝鶏無晨。牝鶏之晨、惟家之索。
めんどりが時を作って朝を告げることはない。
めんどりが時を作るのは、家が滅びる前兆である。
女が男に代わって権勢をふるうのは、正常な状態ではないことのたとえ。
周の武王が引用した古人のことば。
(*'ω'*)…
これが天皇になった女性がいない理由では??
しかし確かに歴史上女性で権力を持った人ってあまり良い人いないから言い得て妙かもしれませんが…。
⑤小学より
七年男女不同席、不共食。
子供が七歳になったら、男女の区別をつけ、同室した場合は、
同じ席に座らず、男女はそれぞれの席に座るようにし、
会食の場合も同じ食器から食べないようにする。
「席」は、敷物。
男女の区別は、七歳からあるべきであるということ。
『礼記』内則からの引用。
イスラム教やん(*'ω'*)
そういえば私の祖母も祖父とはなぜか一緒にご飯を食べていませんでした。
「殿方は殿方で楽しんで下さい。」と言っていました。
もののけ姫でも男女別にご飯を食べるシーンがありましたね。
昔はやはりそれが当たり前だったのかもしれません。
しかしどこの国でも同じような思想が生まれるってなんなんでしょう??
不思議ですね。
⑥史記より
士為知己者死、女為説己者容。
りっぱな男子は、自分の値打ちをよく知って待遇してくれる人のためには命を捨てることを惜しまない。
女性は、自分を愛し、喜んでくれる人のために化粧する。
これを見た時なんか女馬鹿にされてる気がする~(*'ω'*)と思いました(笑)
男性はなんかカッコいい気がするのに女性化粧だけか~い!って感じで(笑)
男に尻振ってるだけじゃ~ん!って(笑)
中国古典はカッコいい男性は出てきますが、カッコいい女性はなかなか出てこないですね…
貞女不更二夫。
操正しい妻は、夫の死後も他の男を夫とすることはしない。
(この前に、「忠臣は二君につかえず」の句がある。)
これを書くなら好漢は浮気はしないとも書いてほしいな(*'ω'*)
さてこんな訳で色々見てきましたが、いかがでしょうか?
私的にはこの価値観が根付いていたら男女平等度は低いだろうな~とも思います。
もちろん、古典の言葉は事実を言い得ていたり、その方が好ましいと思われる教えもあります。
けど、それをうまく使って女性だから男性だからと自由を奪われたくはない!(*'ω'*)
男女平等ではなくて、男女共にお互いを尊重出来ればいいですよね。
最後に一つ紹介
⑦荘子より
多男子則多懼、富則多事、寿則多辱。
男の子を多く持つとあれこれ心配が多くなり、金持ちになると面倒が増え、長生きすると恥をかくことが多くなる。
これも男社会を表している言葉ですが、ちょっとひねくれている感じが好きです。
中国では今でも赤ちゃんが生まれる時に男の子か女の子か知らせないそうですが、これは昔一人っ子政策の時にお腹の中の子が女の子だったらおろしてしまう人がいたからだと思われます。
私の家も女姉妹ですが、母は義父に「男を産まなかった」と散々馬鹿にされたそうです。
それぐらい男を産むことが重視されていたのですね。
この価値観が簡単に変わるとは思いませんが、少しずつでも昔の習慣によって悲しむ人が少なくなるといいなと思います。