諦めるって悪い事?
前の会社で社長が言っていたこんな言葉があります。
「人が失敗する時というのは、諦めた時だけだ。諦めなければいつか必ず成功する。」
それを聞いた時、私はとても感心して頑張ろうと思ったわけです。
かのエジソンだって「失敗ではない。上手くいかない1万通りの方法を発見したのだ。」という名言を残していますし。
とにかくやり続けていれば成果は出るんだと。
22歳の世間知らずでお気楽だった私はそう思ったんですね。
明らめる
しかし今はちゃんと諦めた方が良いと思うようになりました。
何故なら、人生を諦めたくなったからです。
諦めてはいけない。諦めてはいけないと必死に頑張ってきたけど、もうこれ以上頑張れない。
なんで頑張っているんだ?こんな人生なんの意味があるんだ?
そう思って全てを投げ出したくなったのです。
仏教では諦めるという事を「明らめる」と言うそうです。
仏教の世界では、いわゆる諦めることを「明らめる」と書き表します。
つまり、あきらめるとは断念するということではなく、事実を明らかに見るということであり、現実を直視し、それをありのままに受け入れるという意味にほかなりません。
これまでの私はやる事為す事すべて諦めてはいけないと思っていました。
学校で例えるなら国語、算数、理科、社会、体育…と全ての科目を完璧にしないといけないと思っていたんですね。
けど、社会人になってもそれを目指すことは無謀だと今更気づきました。
私は営業マンなのですが、セールストークも得意で、お客さんに慕われ、頼りになり、信頼でき、時事にも精通していて、活発で、知識もあって、対応が早くて…と理想の営業マンにあげられる要素なんてキリがないんです。
今までの私はそれらすべてを良くしようと諦めずに頑張るという事をしていたんです。
本を読んでコミュニケーションの方法を勉強したり、業界の知識を勉強したり、色々な努力をしました。
営業の成績があがらないのは自分の能力の低さゆえだ。諦めずに頑張るぞ。と。
けど、明らめるの視点から見てみると全然違ったんですね。
現実を直視してみると、まず私は営業に向いている性格ではないんです。
明るくてハキハキしているから営業に向いているなんて人からは言われますが、めっちゃ神経症だし、色々考えてしまうので「受注した!嬉しい!」「絶対目標達成するぞ!」なんて感覚は全然ないんですよね。
けど、そんな自分を隠して諦めなければきっと立派な営業マンになれるはずだ!と努力していたんですね。
そら続きませんわ(-_-;)
諦めて明らめる
先ほどの学校の例に戻りますが、国語、算数、理科、社会、体育…と全ての科目に力を注いでも、どれも中途半端になってしまうだけです。
このような「やらなくては、どれも大事だ、全部こなす方法は?」と考えてしまう事を非エッセンシャル思考と言うそうです。
その逆のエッセンシャル思考を持っている人は「これをやろう、大事な事は少ない、何を捨てるべきか?」と考え、自分の力を大事な事に集中させることが出来るそうです。
諦めない事は大事ですが、それは自分にとって本当に大切な事だけ。
逆に言うとそれ以外のほとんどは諦める必要があるという事です。
エジソンだって発明と同時にオリンピックの選手を目指したり、投資家を目指してたら、どれも中途半端になってしまい結果を出せなかったでしょう。
つまり諦めるな!頑張れ!
は、本当に頑張りたいもの以外には当てはまらないのです。
社長が言った言葉の本当の意味はこういうことだったのかもしれませんね。
まぁ、その意味が分かる前に転職しましたが(笑)
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